研究紹介

重粒子線治療装置の開発

重粒子線治療装置は、重粒子線を生成する加速器と、生成した重粒子線を患部だけに集中して照射するための照射系機器で構成されます。特に、装置の大部分を占める加速器は
・高周波電圧で加速した電子をメタン分子に衝突させて多価の炭素イオンを作り出す「永久磁石型ECRイオン源」
・連続する電極間で高周波電圧をかけて炭素イオンを光速の10%まで加速する「RFQ+IH-DTL線形加速器」
・電磁石で炭素イオンに円形の軌道を周回させながら繰り返し加速して目標のエネルギーに到達する「小型シンクロトロン」
の3つの装置からなり、各装置が加速空洞、電磁石、電源、真空機器など多数の機器で構成されています。

重粒子線治療は、もともと患部以外への線量が小さく副作用が少ない治療法ですが、この長所をさらに伸ばすために、より精密な照射方法を実現することを目指しています。そのためにはビームを高精度で安定に制御する必要があり、加速器を構成する機器の改良やパラメータの細かい調整が欠かせません。これらの機器についての研究開発・調整を行うのも医学物理士の大切な役割です。

具体的な研究開発の内容としては

  • ビームをシンクロトロンから安定に取り出すためのRF-KO方式取り出しの開発
  • 呼吸によって移動する臓器に対して標的外への線量付与を最小限に抑える呼吸同期積層原体照射の開発
  • 細いビームを用いて小さい標的に正確に線量を投与するスキャニング照射の開発

等があり、これら以外にも照射精度の向上、信頼性・耐久性の向上を目指した装置の改良・開発を行っています。

重粒子線計測手法の開発

重粒子線の生物学的効果は、X線や陽子線に比べて高く、体内で複雑に変化します。より詳細な生物学的効果を定量的に評価するために、物理線量に加えて”線質”も測定可能な検出器の開発を行っています。また、治療中に照射範囲を確認できるような、オンラインビームモニタリングシステムの構築を進めています。さらに、日々の臨床業務の効率化のための3次元線量分布測定技術の研究も行っています。これらのような様々な測定手法の研究開発を通じて得られた新たな知見を重粒子線治療の高度化に役立てています。

治療技術の高度化

群馬大学ではより安全で高精度な治療を実現するため、治療計画・患者位置決め・照射技術について、それぞれ研究開発を行っています。
放射線治療は、治療直前に患者位置を照射位置に合わせること(患者位置決め)を行います。この患者位置決めは2枚のX線画像からの3次元的のずれを検知し修正することが必要です。また、その時の患者状態は治療計画CT撮影時と比べると、関節の位置や腸内のガスの位置や量などの状態が異なっているため、患者位置決めは技術と経験が必要な非常に難しい作業となっています。また、これらの作業は一人当たりおよそ10~20分の時間を要する負担の大きいものです。そこで、この患者位置決めを高度化・自動化することで、治療スループットを向上させると共に、高精度な治療の実現を目指しております。

肺や肝臓など、呼吸性の移動のある臓器は、呼吸のタイミングに合わせて照射をする方法(呼吸同期照射法)によって照射野を絞った治療を実現していますが、この他にも問題点があります。例えば、腫瘍の位置変化や体重の増加など、患者の日ごとの変化などに完全に対応はできていないということです。光子線治療においては、Cone Beam CTを用いて腫瘍位置に合わせて照射を行うことが一般的になっておりますが、群馬大学で行っている炭素線治療は飛程の影響があるため、腫瘍位置だけではなく、腫瘍までの水等価距離が再現されていることを確認しないとなりません。本大学では、それらの再現を確認するため、In-room CTを導入しました。これらの情報を用いて、変化があった場合でも照射線量を担保するための、ロバストな治療計画法やアダプティブ照射法について研究を行っています。

重粒子線治療生物学

重粒子線治療の適応拡大・がんの完治に生物学的アプローチから寄与することを目的に,以下3点を中心に研究をすすめています。

① 重粒子線がん治療のアドバンテージ提示
X線治療抵抗性の低酸素細胞,がん幹細胞に対する重粒子線の効果の確認
② 重粒子線がん治療の効果向上
  1. 局所制御:抗がん剤,増感剤,温熱などの併用効果の確認
  2. 遠隔転移制御:免疫療法との併用効果の確認
③ 重粒子線がん治療の最適化
  1. 正常細胞・組織の副作用,機能回復の確認および防護方法の確立
  2. 分割回数,インターバルなどの影響確認
  3. マイクロビーム治療/スキャニング照射による生物効果の確認

宇宙放射線生物学

今日人類は, ISSでの半年から1年程の長期滞在が可能となり、船外活動の機会も増している。さらに、再び月へ、火星へと、有人宇宙探査に対する人類の夢は尽きない。宇宙空間は磁場と大気に守られている地上と異なり、生物学的効果の高い重粒子線(一粒子でも飛跡に沿って重篤なDNA切断を引き起こす)を含めて線質の異なる混合放射線が、低線量・低線量率で降り注いでいる。さらに、宇宙空間は微小重力環境であり、月や火星では地上の1/6、1/3 の重力環境である。そこで、重粒子加速器を宇宙放射線研究のツールとしても利用し、重粒子線と重力変化の複合影響を地上で調べることができる装置を開発し、研究をすすめています。

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